アイオリアは教皇宮に向かっていた。
トレーニングの帰路、通り雨に見回れ足早に帰ろうとしていた所、聖域の近くで行き倒れた名前を見つけた。
獅子宮付きの女官に頼み名前を介抱したはいいものの、思いも寄らないアクシデント続きでかなり困惑していた。
未だ冷めやらぬ顔の熱を振り払うように、両手で頬を叩き息を大きく吸い込む。
名前は表情に乏しく、言葉数が少ない。あまり出会ったことのない、不思議な雰囲気を纏っている。
漆黒の黒髪、瞳は東洋を思わせる。どこか寂しげに揺れる名前は、大人の色香を放ち魅惑的に映る。
思い出すほどに早鐘を打つ心臓に、アイオリアは眉を八の字に下げる。
衝撃的な、始めて目の当たりにする女性の裸体。熱はまだ引かない。
しかしながら、あのような場所で東洋人が行き倒れるなど、何処か引っ掛かるものがあった。
それは始めに目にした格好のせいだ。風貌に似つかわしくないぼろぼろの姿。
きっと食も進まぬであろう事を考え、フルーツを贈った。
食べてくれるだろうか。些か不安だ。
悶々と思考に耽ているうちに、教皇の間に着いていた。
見張りに簡潔に用件を伝え、奥に進むと静かに玉座に座す教皇の姿がある。
アイオリアは玉座に続く階段の一歩手前でひざまずく。
「表を上げよ。して、アイオリア。何用だ?」
アイオリアは簡潔に、聖域の近くで行き倒れた女性を介抱した旨を伝え、少しの間を聖域で療養させられないかと提言する。
名前は明らかに憔悴しており、今自由にさせても山賊に襲われる危険性もある。
それを加味しての事だった。
ありのまま教皇に伝えると、あっさり許可が下り、胸を撫で下ろす。
アイオリアは教皇に会釈し、踵を返す。
自身の守護する獅子宮に向かおうとしたが、ふと名前の姿を思い出し女官に着替えを頼む。
あのままだと目のやり場に困る。
自身のワイシャツにすっぽりと包まれた名前を思い出し、緩む口許を手で覆う。
「鍛練が足らんな……」
ぽそり一人ごち、アイオリアは寄り道し、雨上がりの修練場に向かう。
すっかり日がくれた頃、アイオリアは汗だくの額をリストバンドで拭う。
生温い風が心地いい。
雑念が振り払えると思いきや、脳裏に焼き付いて離れない名前の魅惑的な肢体に、幾度となく意識を奪われる。
集中しきれぬまま悪戯に時間だけが過ぎ去り、今に至る。
アイオリアは自身の寝室で災息中であろう名前への心配もあり、意を決して帰路につく。
名前は猫のように丸まり、アイオリア愛用のタオルケットにくるまって規則正しい寝息を立てていた。
垣間見える背中からは、アイオリアのワイシャツではなくキャミソールを着ていることを伺わせる。
ほっと一息つき、こじんまりとしたテーブルの上に置かれたバスケットに視線を移す。その横には林檎が転がっている。
「やはり食べなかったか……」
アイオリアは林檎を手に取る。
不安げに眉を下げ名前に視線を戻し、はっとする。
今日はどこで寝ようか。自分の寝床は名前に譲ってしまった。
隣室の扉を静かに開け放ち、ソファーの上に横たわる。
ここなら程よく名前の様子も見える。
アイオリアは林檎を一かじりし、名前の目覚めをひたすら待つ。