Gilty02


「兄さん!やっぱりここに居たんだね!」

足早に駆け寄ってくる瞬を一瞥し、一輝は珍しく身構えた。
不思議そうに様子を窺う瞬は、一輝が座した木の上にもう一つの人影に気付く。
一輝と鏡会わせに座するそれは、見慣れぬ白銀の髪に、女性らしい太股が垂れている。

「にい、さん……?」

瞬にとって予想外の展開に、慌てふためく。
群れることを嫌う一輝は、普段から人を寄せ付けない。
しかし今はどうだろう。
あれだけ接近を許す兄を、瞬は再開してから初めて目にする光景だった。

「あの子が一輝の弟?」

好奇心を含ませる声色に、一輝はぁ、と溜め息をつく。
それが無言の肯定だと受け止めたアナスタウロオーは、華麗に木から降りる。
瞬はあまりに唐突な、聖闘士さながらの動きに驚愕する。
そしてアナスタウロオーが顔を上げると、瞬は目を丸くし、口をあんぐりと開く。

「ぼ、僕にそっくり……?」
「へーえ、エスメラルダの言う通り、本当によく似てる」
「余計なことは言うな」

一輝は呆れ口調ながらも威圧感を醸し出す。
驚愕と動揺を隠せない瞬は、何度も一輝とアナスタウロオーを交互に見る。

「私はアナスタウロオー」

名乗った女性をまじまじと見つめる。
髪の色を覗けば、鏡に映る自分と瓜二つ。
差違があるとすれば、自分よりも高い身長に、どこか哀愁漂う兄にも似た雰囲気だろうか。

「僕は瞬って言います」
「瞬か、あの兄にしてこの弟とは予想の範疇を越えたよ」
「えっと……よくわからないけど、兄さんとアナスタウロオーさんは……?」

言葉に詰まる瞬は、一輝を見つめる。

「一輝は好敵手みたいなもんかな」

その言葉に瞬は胸が靄がかる。
アナスタウロオーの身のこなしは明らかに一般人のものではない。
しかし、兄があれだけ距離を縮めている人物なのだ。
幾ら何でも好敵手、でカタがつくようには到底思えない。
言えないような何かがあるのか、それともーーー思案に耽る瞬は、突如としてアナスタウロオーに腕を引かれ、驚愕した。

「それにしても、本当に可愛い」
「えっ……あ!」

アナスタウロオーは瞬を愛しげに抱き締める。
瞬はといえば、馴れない女性の抱擁に顔を朱に染める。
ふわりと顔にかかった髪からは芳香な花の香りがする。
胸の膨らみが瞬の顔に押し付けられているのだ、年頃には堪えるものがある。
瞬は行き場のない手をばたつかせる。

「あっあの……苦し……ふがっ」
「あの子が男だったらこんな感じなんだろうね」

アナスタウロオーの瞳には、僅かに哀愁が含まれている。
切なげな声色に、見上げた瞬は胸が締め付けられる思いでいた。

「その辺にしろ」

有無を言わさぬ物言いに、アナスタウロオーは瞬を手放し肩を竦める。
―――兄さんが怒ってる。
瞬は敏感に察する。
一方のアナスタウロオーは先程の切なげな表情はどこへやら、満足そうに瞬を見つめる。

確かに自分と似てはいる。
しかし仕草、表情、体つき、それらは大人びた女性のもので、色鮮やかに映る。
好敵手とは表面上で、この人は兄さんと凄く仲がいいのかもしれない。

「そうだ!」

瞬の声の大きさに、アナスタウロオーと一輝は同時にぴくりと眉を上げる。
次の瞬間、アナスタウロオーは瞬に腕を引かれ、走り去っていく。

様子を傍目で見ていた一輝は心穏やかではなかった。
が、漸く得た解放感に身を任せ、そのまま目を閉じる。
理由は何て事はない。
瞬が嬉しそうにしていたからだ。



一方で瞬はといえば、アナスタウロオーをある場所へと誘っていた。
茂みを掻き分け、辿り着いた先は城戸邸。
アナスタウロオーは頭に疑問譜を浮かべながら、あえてなすがままにされていた。


『姉さん、ちょっと見てほしいものがあるの!』
エスメラルダは普段大人しい反面、たまに突拍子もない事をしていた。
何かと思えばデスクイーン島にしては珍しい動物が居た、だったり、新種の花を見つけた……だったり、至極平凡なものだった。
それらは他国では当たり前に生息するもので、時折ギルティーから命ぜられた使いのために、目にする機会のあったものばかりだ。


瞬の行動はそれを彷彿とさせるものがあった。
程なくすると、豪邸から三人の男が組み合いをしている姿が見える。
彼らは気配を察し、駆け寄る瞬を視認すると各々思いを口にする。

「瞬、遅かったじゃねーか!」
「一輝は見つかったか?」
「所でその女性は……」
「星矢、氷河、紫龍!」

嬉々とした瞬は、弾むような笑顔でアナスタウロオーに向き直る。
アナスタウロオーと三人は、内に秘める思いは違えど、同じく困惑する。

「「「お前に姉が居たのか?!!」」」

三人の声は見事被る。
瞬は首を降る。
アナスタウロオーといえば、所在なさげに状況に焦りを覚え始めていた。
これまであまり人と接する機会は無かった。
それが一気に数名と合間見えるともなると、緊張しないはずがない。
年頃の少年と相対するのは、デスクイーン島での一輝と、弟である瞬以外に経験がない。
どう接していいか判らず狼狽える。

「違うよ。この人はアナスタウロオーさんって言うんだ」
「……少なくとも瞬は身内じゃないね」
「それにしても似すぎているな」

氷河はクールはどこへやら、目を丸くして瞬とアナスタウロオーを交互に見遣る。

「これってさぁ、ドッペルなんちゃらって言うんじゃないか?」

星矢は面白いものを見つけた好奇に満ちた笑みをアナスタウロオーに向ける。
紫龍はじっとアナスタウロオーを見つめ、静かに疑問を投げ掛ける。

「雰囲気は一輝の面影がある……本当に違うんだな、瞬」

アナスタウロオーはあからさまに煙たそうに眉間に皺を寄せる。
―――確かにそうだ。
星矢と氷河は、同じことを思った。

「この人はね、兄さんの……」

ほんのりと頬を赤らめる瞬。
アナスタウロオーは何となくだが、嫌な予感がした。

「瞬、私はね……」
「この人は兄さんの……こ、恋人なんだ……と思う」
「「「はあーーーーーーー?!」」」

三人が声をだぶらせる。
アナスタウロオーと言えば、卒倒しそうな程の目眩に見回れていた。
刹那、茂みの方からボキッと枝が折れる音に気付いたのはアナスタウロオーだけだった。
その先に一輝の姿がうっすらと見え隠れし、アナスタウロオーは視線を投げ掛ける。

―――この状況は何だ。
―――知らない。
―――さっさと収集をつけろ。
―――わかってる。

視線だけで会話をする様子を、瞬が不思議そうに見つめる。

「一輝に恋人ってまじかよ?!」
「何故そのような大事を早く言わなかった!」
「瞬……何かの間違いではないのか」

一人だけ冷静な紫龍にアナスタウロオーは肯定を返そうとした。

「さっき兄さんと居るのを見て、そうとしか……違うんですか?」

瞬は申し訳なさそうに上目遣いでアナスタウロオーを見上げる。
しょんぼりしている瞬の可愛さに答えあぐねていたアナスタウロオーに痺れを切らし、一輝は重い腰を上げる。

咄嗟に出た行動に瞬、星矢、氷河、紫龍は衝撃を受けることになる。
一輝がアナスタウロオーを抱き抱え、茂みに走り去っていく姿が目に焼き付く。

「どうやら本当らしいな……」
「ああ、あんなに必死な一輝を見たことがない」
「照れているのだな」
「僕にも姉さんが出来るのかな……」
「家族が増えてよかったな、瞬!」
「うん……!」
「一輝も隅に置けねーな!」

自身の行動がとんでもない誤解を招いた事は、一輝は後から知ることになる。



「瞬に何を吹き込んだ」
「何も。寧ろ私が聞きたい……」

互いに眉間に皺を寄せ、剣呑とした空気が渦巻く。
アナスタウロオーはどちらかと言えば、計算で動くタイプでないのは一輝が見に染みてわかっている。
それ所か、自分と同じく苦悩に苛まれ孤独に身を置いていたからこそ、何か仕出かす事があるとすれば、闘いに他ならない。
エスメラルダと良く似たアナスタウロオーは、強く、脆い。

『生きるに値しない男だとわかれば即座に殺す』

アナスタウロオーから幾度となく聞かされた言葉がそれを体現させている。
ともすれば、瞬が誤解を勝手にしたのだという推測に辿り着くのは容易だった。
かといって、謝るのも癪に触る。
瞬の誤解に、心がざわめいたのを確かに感じたからだ。

「惰弱な……」

得意の台詞を、自身に向けて放つ。
一輝は深くため息をついた。

「世の中平和になったもんだね」

心を見透かしたかのように言い放つアナスタウロオーに、どきりとする。
傍目でアナスタウロオーを見れば、口だけ笑ってはいるものの、悲しげな眼差しを彼方に向けていた。

これは俺の咎だ。
彼女の安寧を、憤怒に任せて奪い去った自身への。

そっと目を伏せる。
一輝は知らない。
隣のアナスタウロオーが、本当は疲れて眠りそうなだけだという事が。

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