S.I.S 06


 リドルとレストレンジが、今週末ホグズミートでデートするという噂が流れていた。
 相手はレイヴンクローの名前・苗字―――具体的で的確な話に、リジッタはこめかみに青筋を立てていた。
 名前は彼らとの約束を、リジッタには一切伝えていなかったのだが、問い詰められて、ありのままを話した。
 スリザリン生は信用できないと口酸っぱく言うリジッタは、やけに神妙な面持ちで口外しないようにと静かに言った。
 元より言触らすつもりが一切なく黙秘を貫いていたのだが、空しくも重い通りには行かない様子に、彼らの人気が窺える。

 今日は件の約束の日だ。
 朝食を済ませた名前は、リジッタと共に廊下を歩いていた。
 クラシックなブラウスにグリーンのワンピースに身を包み、準備万端だった。
「きっとトム・リドルの仕業よ!」
 開口一言目に毒づくリジッタが腕の力を強めるあまりに、腕の中で苦しみもがく名前はおぼろげに声を上げる。
 通る生徒がわざわざ振り返り、じゃれ付く二人をじろじろと眺めていた。
「週末なんて来なけりゃよかったのに! ただでさえ名前があの男たちと一緒にホグズミートに行くだけでも心配なのに、こんなに噂になったら後々大変じゃないの!」
 リジッタはスリザリン生が大嫌いだ。何らかの理由はあるようだが、それとなく聞いてもはぐらかすだけで明確な返事は返ってこない。思い当たるとすれば、レストレンジが度々言い放つ魔法のスペルくらいだ。
 それよりも今はリジッタが普段よりも可愛らしいフリルが装飾されたワンピースを着ていて、気合が入っている。
 今週に入ってから、ルームメイトから聞いた話によると、リジッタには仲がいいボーイフレンドが出来たらしく、二人が肩を並べて歩いているのを見たというのだ。
「リジッタこそ。今日はデート?」
「どうしてそれを―――」
 リジッタは紅潮した頬を両手で包み込み、途端に気弱になる。

 玄関ホールで別れ、正門の前に行くとリドルが待っていた。
 どうやらレストレンジはやや遅れて到着するようで、途中で待ち合わせているらしい。
 合流場所を問うと、三本の箒だと答えが返ってきた。
 外に出て暫くすると白銀の道が出来ていた。足を取られながらもゆっくり突き進んでいると、雪の中にあった木の枝に引っ掛かりよろけてしまったが、リドルが支えて全身雪まみれを免れる。態勢を立て直して礼を述べると、彼は安堵したように表情を和らげていた。
 最初はやや開いていた互いの距離が、徐々に狭まって行く。
 ホグズミートまであともう一息だ。
「トム?」
 背後に女の声が聞こえ、二人は足を止める。
 振り返ろうとした名前は傍目でリドルの表情を捉える。一瞬だけ口角を引き攣らせ、表情が凍ったリドルは何事もなかったかのように愛想のいい笑みを浮かべて声の主に挨拶を返す。
「名前・名前も一緒でしたの。行って下されば私がお相手しましたのに」
 嫌みたらしい口調は見るまでもない、クレア・メレスだ。そしてもう一人、授業でよく目にするスリザリンの女生徒がクレアに付き添うように佇んでいる。
 名前も軽く会釈するが、クレアはあからさまに軽蔑を含ませて一瞥し、リドルに笑顔を向ける。
「レストレンジとの約束があるからね。これから待ち合わせなんだ」
 リドルがクレアに気を取られていると、クレアに付き添う女が名前に挨拶する。
「初めまして、ミス。私はドマーニ・オッジ、スリザリン生よ。貴方の噂は聞いているわ」
「名前・名前です」
 簡単な握手を交わしていると、クレアの黄色い声が耳に入る。
「途中までご一緒しますわ!」
 ドマーニはにやりとニヒルな笑みを口元に浮かべ「行きましょうか」と促す。再び歩き出す頃、リドルにはクレアがぴったりと寄り添い、奇妙なグループでの行動が始まる。
 仲睦まじい二人に、名前はもしやと思い二人をじっと見つめる。
「ミス・オッジ、聞いてみたい事があるのだけど、いいかな」
「ドマーニでいいわ。それで、聞きたい事って、なあに?」
 名前は抱いていた疑問を、オッジに尋ねる。
「ドマーニ。ミスター・リドルとクレア・メレスは恋人同士?」
 オッジは口元に手を当てて笑いを堪え、声を顰める。
「勿論違うわよ。ほら、トムのあの顔」
 名前はリドルをまじまじと見つめるが、普段と何ら変わりない。リドルは視線に気が付いたのか、一瞬だけ目が合うが、すぐにクレアへと向けられる。
「よく一緒に居るからそうだと思っていたのだけど」
「貴方って、授業中とプライベートでは別人のようね。私は嬉しいわ、一時でもデート出来たんだもの」
「ドマーニが女の子じゃなかったら、一目ぼれしていたかも」
「私は女の子でもいけるわよ―――何よその顔、冗談よ、ほんの冗談」
 ドマーニの言葉は、クレアが張り上げた声によって聞こえなかった。
 ぎょっとしてクレアを見遣ると、ドマーニの横顔が傍目にある。雪の反射光が瞳に映り込む横顔は妖艶だ。
 徐々に雪が降り始め、雪道にできた足跡が薄らと消える。

 ホグズミートの入り口で二人と別れ、三本の箒へと向かう。ホグワーツ御用達の観光名所だけあって、雪除けされている。
 整備された道を順調に進み、店のドアを潜ると食欲をそそる芳しい香りが充満していた。暖かい空気に強張りかけた体が解れる。
 週末はホグズミート解禁日と言うだけあって、店内は溢れんばかりの大人や子供達で物凄い混みようだった。人々は歓喜に満ち溢れ、思い思いに羽を伸ばしていた。
「帽子を被れば良かったね。僕も君も真っ白だ」
 リドルが言うとおり、強まってきた雪によって、お互いの髪や肩が真っ白になっていた。名前は頭を傾けて自身に積もったものを払う。
「背中にもついているね。背をこちらに向けてくれるかい?」
 彼はそう言って、名前の背中を優しく撫でるように払う。
「ありがとう。冷たいでしょ」
「ここは暖かいから全然。ああ―――外だったら触るのを躊躇うかも知れない」
 リドルは自分の肩をさっと一撫でし、迷うことなく左手にある三人がけの席へと進み、漸く腰を据える。
「君は何を飲む? 僕はバタービール」
「実はここ、初めてなの。ミスター・リドルと同じものにする」
 手際良く名物のバタービールを注文すると、間もなくテーブルに二人分の飲み物が運ばれ、杯を掲げて乾杯する。一口飲むと、程なくして冷えた体が温まっていく。
 背中に何かがぶつかった。振り返ると何かはレストレンジで、彼はすぐさま笑顔で謝罪を述べるが、動きがやけに固く様子がおかしい。何があったの―――と言おうとしたが、リドルが首を振る。

 釈然としないまま、レストレンジがバタービールを一杯飲飲み終えるのを待ち、店を出る。
 スクリペンシャフトに出向き、羽ペンを見にいく。
 店内を見渡すと大量の品々があり、それだけで物酔いしそうになる。
 一番最初に学用品向けの陳列棚が視界に飛び込み、そろそろ手持ちのストックが尽きそうだった事を思い出す。書き物が頻繁のためか先端の摩耗が激しい。
 何本買うかを胸算用しつつ、乱雑に置かれたグリフォンの羽を誂えた品に目を止める。派手な柄ではあるが、一本一本の毛が力強い艶を放っており、先端にくっきりと赤い虎模様が入っている。
「気に行ったものは見つかった?」
 リドルは名前が眺めていた商品を見て、興味津津の様子だった。
「君は良品を見つけるのも得意なんだね」
「ミスター・リドルに似合いそうだなと思って」
「いいや、僕にこういったものは―――ああ、そうだ」
 リドルは思いついたようにその場を離れ、颯爽と店の奥に突き進み、男性店員と何やら喋り始めた。
 名前は商品棚に目を落とし、他の物もじっくりと見ていると、レストレンジが声をかけてきた。どうもリドルの様子がいつもち違うらしく、彼は意気揚々とリドルをしきりに気にしている。付き合いが長い彼には微弱な変化が解るのだろう。
 レストレンジは約束を持ちだし、気になるものがあれば準備をすると言ってくれたが、目ぼしいものが見つからなかったと言い、彼が目を離している隙をみて学用品を会計した。
 店員から紙袋を受け取っていると、レストレンジが小声で耳打ちする。
「無理を言っているのは俺なんだから、それ位わけないのに」
「必需品だったから、これは自分で買わなきゃ」
「お前もっと我儘になっていいんだぜ?」
「歩くの疲れたなあ」
「ごめん俺浮遊系の魔法は駄目なんだ。吹っ飛ぶかもしんないけどいい?」
「えっ・・・・・・飛ぶのは嫌だよ」
「飛行術苦手なんだっけ?」
 レストレンジは肩を竦め、笑いを堪えてリドルに声をかける。店を後にするとすぐさまホグワーツへ直行し、門の前で解散した。

 寮へと戻っていると、女学生の話声が耳に入り、足を止める。
「クレア・ミレスと名前・名前がトムを巡って衝突しているみたい。ほんの少し前に、ドマーニと四人で歩いてるのを見たわ」
「彼女、レストレンジと一緒に居たのを見たけれど、違ったの? てっきり―――」
 人の口に戸は立てられないのと同様に、話が飛躍するのもまた止めることはできない。このまま歩くと女学生たちの前を通る事になるが、気にしていられない。
 名前は適当に聞き流して通り過ぎると、噂話がぴたりと止む。女学生たちは気まずそうに視線を逸らす。
 レイヴンクローの談話室に入ると、顔しか知らない上級生の男子生徒がおずおずと名前に近寄る。彼はぶっきらぼうに白い封筒を差し出し、受け取るや否や、談話室の入口に消えていった。
 漸く寮に辿りつく。紙袋を床に放り投げ、ベッドの淵に座って封筒を開ける。中には一枚の便箋が入っていた。そこに書かれていたのは、愛を綴っただけのシンプルな文字だった。


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