双子のパラドックス 01

 仕事が終わり家路につく最中、名前は街灯の無い道端に、金髪の青年が力なく横たわっているのを目にした。
 声をかけてみるが反応はない。事切れているのではないか、と言い知れぬ不安がよぎる。
 体を仰向けにして首の頸動脈を指先で押さえる。触れた肌は驚くほどに冷たいが、頼りない鼓動を感じて安堵した。
 
 月明かりに照らされ、金色の髪に装飾されたシルバーの王冠が輝く。
 肩までの長さのある直毛の金色の髪で、目元が隠れて表情までは伺えない。ボアが付いた深紅のコートを着ていて、目立つ汚れはない。見た限りではどこかに怪我をしているようには見えない。
 酒の匂いがするでもない。

「声は聞こえますか。体調が優れないようですが大丈夫ですか?」
「は、あ゛っ」
 空気を含んだ掠れ声が寒空に響き、震える唇から白い息が霧散していく。
「すぐに救急車呼びますから」
 携帯電話で救急車を呼ぶためにコールが1回鳴る。すると青年は薄ら目を開けて、名前の携帯をたたき落とした。
 ぜえぜえと荒い呼吸。長い前髪の合間から飛び出るほど開いた目が四方八方へと彷徨う。
「落ち着いて下さい。大丈夫ですから。」
 問いかけを無視して耳元に手を当てながら、眼差しをコンクリートの地面に向けた。片腕を頭の下に置き、押し上げるようにゆっくりと上体を起こしていく。
 青年はよろめきながら立ちあがるも、侍従に耐えきれず膝をついてしまう。
 見るからに憔悴しきっている肩に触れると、大きくのけ反り再び地面に倒れた。怯えるかのように震えている。
 名前はめげずにもう一度手を伸ばす。異様なほどに冷たい温度が沁みる。
「病院に行きましょう。」
 青年は口を噤んだ。とても苦い表情をしながら首を横に振り、掠れ切った声で絞り出した。
「病院は嫌だ」
 前髪の合間から覗かせる瞳は焦点が定まっていない。
 このまま放置しては死んでしまうのではないかと言いようのない不安を覚える。事が起こってからでは遅い。
「なら私の家で休んでいってください。安全ですから、大丈夫ですよ。」
「ししっ、当然だろ。さっさと休ませろ」
「この人、案外元気なのかな・・・・・・。」
「少し黙っとけ」
 名前は青年の片腕を自分の肩にかけ、腰に手をまわして支える。
 重たい青年を引きずり自宅へと向かっていると、次第に体重がのしかかってくる。
 見るからに華奢な体は限界を告げている。
 マンションの入口にあるセキュリティーキーを押し、自動ドアが開く。エレベーターに乗り込み、一気に自宅のフロアまで昇る。空いている手で鍵を取り出し、部屋の鍵を開けると隣でぐったりしている青年を玄関の段差に座らせた後、扉を閉める。
 名前は一足先に室内へと向かい、廊下とリビングの電気を点けて青年の元へと戻ると、青年は放心状態で玄関の扉を見つめていた。
「遅い」
 青年は待っていたと言わんばかりに足元を指さす。ブーツを脱がせると、パンツの裾には血痕があった。
「すぐに手当てしないと。」
 青年の隣に屈むと素直に名前の肩に腕を預けた。
 リビングの壁沿いにあるソファーの元まで歩き、青年を座らせて膝に大判のブランケットをかけると、冷たい体を温めるように包まった。

 薬棚に入れていた消毒用エタノールのボトルと救急箱をリビングのテーブルに置く。
 バスタオルを青年の膝にかけ、気合いを入れて袖をまくり手早く処置を施す。
 バスタオルはあっと言う間に血染めになった。
 患部にガーゼをあてて抗生物質入りの軟膏を塗り、包帯をややきつめに巻く。
「痛くないですか。」
「ししし、当たり前だろ。だって王子だもん」
 気を取り直してシャツを脱がせると夥しい古傷があった。真新しい怪我は打ち身くらいのもので、湿布を貼るだけに留める。
「よし、手当完了ですよ。着替えましょうか。少しきついかもしれません。」
「仕方ねーな、それで我慢してやるよ」
 手持ちの中から大きめのティーシャツを選んだが、肩周りにゆとりが無い。
 青年は毅然とした態度でされるがままになっている。まるで当たり前のことのように。
 前髪から僅かに覗かせた瞳が遠くを見ている。
「喉が渇いた」
 青年がぽつりと呟き、名前の方へ顔を向ける。
「何か持ってこいよ」
「んと・・・・・・少し待っていて下さいね。」
 名前はすぐさまキッチンに向かい、ホーローにミルクを張る。ガスコンロの摘みを捻り、点火した。

 疑問が頭の中で木霊する。
 青年はなぜ路上に横たわっていたのか。
 気になったのは自身を『王子』と称した事だ。
 口調からは奔放な育ちぶりが垣間見えたが、醸し出す雰囲気は気品を匂わせていた。

 沸々と気泡が浮かぶ中にメイプルシロップを溶かすと甘い香りが漂い始める。
 火を止めて中身をマグカップに移し、青年の前に差し出す。
「どうぞ。ホットミルクです。ちょっと甘いかもしれません。」
 青年は湯気が立ち上るマグカップを受け取り、縋るように両手で包んで温度を確かめながら一口含んだ。
「甘すぎ」
 文句を洩らしつつも更に一口と、どんどん無くなっていくホットミルク。
「あの、私は名前と申します。あなたのお名前を聞いてもいいですか。」
「俺も聞きたい事があるんだけど。答えるなら教えてやってもいいぜ」
「何でしょう。」
「ここジャッポーネ? お前ジャッポネーゼだろ?」
「えっと、ジャ・・・・・・あ、はい、日本ですよ。」
「ふうん。これから世話んなるから、そこんとこ宜しく。何か知らねーけど知り合いの連絡先全部通じないから」
「少しの間なら大丈夫ですよ。」
「ししし、お前は早死にタイプな。オレはジル様だ。覚えとけ」
「お名前、ジルさんって言うんですね。宜しくお願いします。所で・・・・・・。」
 ジルはふんぞりかえってはいるが、相変わらず声は掠れていて荒い息が目立つ。
 休ませなければ身が持たないのではと思い、寝床を用意すべく寝室へと向かう。

 リビングの隣に位置する和室に入り、部屋の片隅に積んでいた布団を敷き、電気毛布のスイッチを入れる。
 さすがに同じ布団で寝るわけにはいかないので、ソファーで寝るために毛布を1枚取り出す。
 再びリビング戻ると、ジルは気だるそうに首を上げた。
「あの、床の準備ができましたよ。」
 体力の限界と言わんばかりのジルを抱き起こし、寝室へと連れて行く。
「布団狭すぎじゃねえ?マジありえねー。普通キングサイズだろ」
「シングルは標準の大きさですよ。たぶん。さあ、早く寝て早く回復して下さいね。」
 強引に布団へと引きずり込むと、仕方ないと言った素振りで布団にもぐっていく。
「おやすみなさい。」

 明日は幸い休日。起きたら朝一でご飯を食べさせないと。そう思いながら、漸く静かになったリビングのソファーに横になり、厚手の毛布を手繰り寄せる。
 ひんやりとした空気が肌を刺すが、一息つく事が出来た安堵感から一気に眠気が押し寄せてくる。
 瞼の重みを受け止める。暗闇に落ちる意識の中で、抑制を感じられない声が聞こえた。
「なんだよここ・・・・・・!」  それはジルにも似た声だった。

自重しないあとがき

ジル様のターンが始まりました。
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