閑散とした市内。過去は繁華街と呼ばれていたそこは、ほの暗く明かりは腰にぶら下げたカンテラ。
ふわりと舞うように歩く女は、所謂娼婦と呼ばれた。
一人の男を見つけると腕を首に回し、情熱的に唇を交える。
男は娼婦に金を握らせると、何かに憑かれたかのように路地へと転がり込み、その肢体を貪る。
最中、女の冷たく蠱惑的な瞳はあてもなく続く闇を映した。
そんな日々に別れを告げたのはいつだったかと、名前は与えられた資料に目を通しながら思いに耽る。
ある日突然、借金のカタに父から身売りに出され、ある日突然男に身を捧げさせられた。そんな生活が続いたある日、街は巨人に襲われ壁の中に避難する事になり、ふとした切っ掛けで兵士になると決意し、調査兵団の門を叩いたばかりだ。
壁外調査に実りが少ない昨今、与えられる仕事は資料の取りまとめ、遺体の処理、医療班への伝達など簡単なものと―――同志たちにへ宛がう女の手配だ。
「こんな仕事、普通やすやすと放り投げるもんかね。そりゃあ女の方が男に合った女を見つけやすいだろうし、噂には敏感だろうが」
先輩に問えば神経を使う壁外調査の後、高ぶった兵士は過ちを犯しやすいがため、性格その他を加味し、一部の兵士に施している。
「よりによって元娼婦が娼婦を漁るなんざ笑えねーわな」
誰もいない時の名前は、そこらへんのゴロツキ顔負けの素行の悪さだ。人が居たとしても、極力人との交遊を避けるため会話らしい会話は暫くしていない。
名前は疲れ切った体を椅子に落として、不機嫌と言わんばかりに眉を潜る。
「こっちだって疲れてるっつーのに、クソみてぇな野郎共の下世話の手配・・・」
「文句があるならクソみてぇな野郎共の股間を噛み千切ってやりゃいいだろうが」
背後から聞きなれた男の声がして、名前は青ざめた。
「これは失礼しましたリヴァイ兵長。粗相をお許しください」
「現場の声を聞くのも円滑に仕事を進めるに必要なルーツだ。言いたいことは腐るほどあるだろうが、お前の仕事は繊細だ。明日死ぬかもしれない野郎共に悔いを残させないためと―――過去にクソ野郎が間違いを起こして女性兵士が自害した例がある。だから立案されたんだ・・・。絶対と言っていいとは思わないが、女がここで身を守るために必要なことだ」
リヴァイは額にかいた汗も気にせず、重い立体機動装置を軽々と片手で担ぎ、空いた手で名前の背中を強く叩く。
くぐもった悲鳴を上げ、名前は手にした資料をばらまく。慌てて集めている間に、リヴァイの姿は無くなっていた。
手にした資料のリストにリヴァイの名はない。
「相変わらず涼しい顔してんな、リヴァイ兵長」
名前は複雑そうにリストに目を馳せる。
先輩兵士からは、絶対的に死守する項目としてある鉄則があることを教えられている。
名前は服に忍ばせたもう一つのリストを取り出し、資料に紛れ込ませる。そして夕焼けに染まりつつある街に出る支度をする。
その晩、鉛のような足を引きずって普段どおり夕食に向かう。
名前の班には重圧的な雰囲気が漂っている。
いつもの配置についた名前は「今回もまた多大な犠牲を払ったな」と、小さく零す。
右隣に居る兵士は震えながら小さく頷く。
「今回は運よく助かったけど、次は僕だって死ぬかもしれない」
左隣の兵士はそいつをキッと睨みつける。
「あいつはお前をかばって死んだんじゃん。お前のせいだろ」
「わかってる・・・そんなの言わなくてもわかってるよ!」
名前は左右で行われる喧騒を尻目に、小さくパンをかじる。
「・・・・・・!おい、聞いてんのか固物女!」
左隣に居たはずの仲間に背後から胸をもまれ、名前は手にしていたパンを手にしたまま相手を殴る。
「っせーな。殺すぞお前、さわんな」
「効かねーよ、か弱い女の拳なんざ・・・」
名前は振り向くと、足を踏ん張り男の急所めがけて蹴りを見舞う。
渦中の人物は前屈みになり、その場でうずくまる。
「静かにさせたから。落ち着いてご飯食べよ」
名前が右隣の男兵士に笑みを向けると、相手は頬を真っ赤にして大きく頷く。
他の皆は何ら気にも留めず、一様に気だるそうに食事を口にしている。席は虫食い穴のように、所々開いている。
胸が詰まるような沈黙に支配される中、あらかた食事を終えた所で、班長が起立し一人一人に耳打ちする。
騒がしい食事の時間は、そこで終止符を迎えた。