Schwester
実技試験AA、他は至って凡庸。
死神が新たに今日、死神派遣協会に所属が決まった。
どこまでも白く広い廊下を、小柄な赤毛の少女がやや緊張した面持ちで歩く。ぴんと伸びた背筋。乱れの無い制服。
隣にはウィリアム・T・スピアーズが、数枚の紙束を手に先導している。
スッキリと短く切り揃えた黒髪に、切れ長の瞳。
赤毛の少女は緊張も程ほどに、これから先輩となるスピアーズに魅入っていた。
ちょっと好みかも、などと内心思っているのは秘密だ。
「名前・苗字」
名前を呼ばれた名前は、高鳴る胸をぐっと抑える。
気がつけばスピアーズ先輩の足が止まっており、ぶつかる寸前で足元を正す。
「貴方の技量を吟味した結果で、所属課はこの回収課になります」
この日のために毎日嫌になるほど勉強と訓練を重ねてきた。
回収課は名前の第一希望だ。
ウィリアムが回収課の扉を開くと、名前は目をきらきらと輝かせながら、ぐるりと辺りを一瞥する。
その様子を見ていたウィリアムは目を細める。
「貴方に宛がわれたデスクはこちらです」
そこは綺麗に整頓されていた。
しかし気になったのは、向かい側のデスクがやけに書類らしき紙が今にも崩れそうになっていたことだ。
多忙な所なのだろうか、と不安で胸が一杯になる。
しかし不思議と他のデスクは全くそのようにはなっていない。
名前の視線に気が付いたウィリアムは、小さな声で耳打ちする。
「アレは例外ですからご安心を」
やや不機嫌さが合間見えるのはさておき、低く囁かれた声に胸が高鳴る。
視線が絡み合う。
ウィリアムの真剣な眼差しに、あくまで合意を得るための動作であるのは一目瞭然なのだが、それでも収まっちゃくれなかった。
ああ、顔が熱い。
ほんのりと頬を染めながら微笑する名前に、ウィリアムは僅かに動揺したが、表には出さず平然を装う。
名前をデスクに案内し、ノンストップで業務の手引きをする。
これは本来人事課の仕事ではあるのだが、回収作業で人手が不足しているため、管理課に役割が回ってきただけの事だ。
ウィリアムは咳払いをして、業務の説明を一通り終える。
これで新人の先導は終わり、引き継ぎのために宛がわれている人材の不在に不機嫌を露にする。
「グレル・サトクリフは不在ですか」
その一言に名前がはっと目を輝かせる。
「あの、スピアーズ先輩」
ウィリアムが言葉を返そうとした矢先、猪のごとく扉がけたたましく開かれる。
「もうやんなっちゃうワ!回収作業多すぎてまた残業じゃないの!お肌が荒れちゃ・・・・・・ってウィルじゃなぁ~い★アタシの顔が見たくなングフゥッ」
グレル・サトクリフは毎度のごとくウィリアムに抱きつこうとした。
が、約三メートルの距離で高枝切り鋏型のデスサイズで思いきり頭をぶん殴られる。
他のデスクの死神たちは我関せずといった様子で無視を決め込む。
「そういったプレイをアタシだけにしてくれるいじらしいウィルったらス・キふぐぉっ」
今度は頭にのめり込んだデスサイズで、グレルの頭は出血大サービスだ。
グレルは目にハートをくっきりと浮かべる中、ウィリアムは冷静沈着で、眼鏡をくいっと正す。
「新人指導中にいい度胸ですね」
グレルはよろける体を起こす。
思わず立ち上がった名前はグレルの姿を見て、両手で口許を覆う。
ウィリアムはそんな名前を見て、出鼻から刺激が強すぎたか、と思ったのだが。
「うっそ名前じゃない?!どうしてアンタがここにいんのよ」
「グレル兄ぃ!やっぱりグレル兄ぃだ!」
「あんっアタシの可愛い名前!」
熱烈な赤毛同士の抱擁に、回収課一同は仕事の手を止め、二人を凝視している。
「これは一体どういうことなのですか、グレル・サトクリフ。説明を要求します」
「この子はアタシの可愛い可愛いと~っても可愛い妹ヨ」
珍しく呆気に取られたウィリアムは、眼鏡がずりおちる。
全く似ていない。
赤毛という点ではよく似ているが性格が、だ。
それにファミリーネームも違う。
「信じてないわネ?名前、アレやるわよ」
「でもグレル兄ぃ、私恥ずかしいよ・・・まだ就任したばかりだし」
ちらり、とウィリアムを見上げる名前の顔は真っ赤だった。
ウィリアムはほんの僅かに気持ちが高揚した。
大人びていると思っていたが、幼さの残る顔立ち。
ぷるんとした女性らしくも無防備な唇。
しかし、次の瞬間何かが砕けた音が、はっきりと耳に響いた。
「「アタシ達、これでも姉妹DEATH★」」
ウィリアムはやや恥じらいがちな名前をさておき、本日何度目かのデスサイズを、グレルに見舞う。
「ひっどいじゃナイ!アタシだけ!それより名前!会いたかったワ~!」
「私だってずっとグレル兄ぃに会いたかった!そのために公務員になったんだからネ?」
「何ていじらしい妹なのかしら★」
涙目でグレルに熱い抱擁をする名前に、ウィリアムは目が点になる。
話が事実ならば、実に健気かつ不憫な妹である。
ファミリーネームが違うのは異父母だからなのだろうか。
「わかっているとは思いますが、今は公務中ですので込み入った話は後回しにしてい頂きたいものです。特にグレル・サトクリフ。貴方はどれだけ報告書を溜めていると?それに貴方には暫く名前・苗字の面倒を見てもらいます。主に回収作業になりますが」
「ふっふ~ん!アタシを甘く見ないで頂戴。やる気満々になっちゃったんだから★」
「ではそれを実行出来るようせいぜい頑張ることです」
そして未明。
定時を迎えた頃である。
名前は就任して初めての回収作業を終え、報告書を丁寧に纏めて管理課に提出していた。
回収課に戻る前に、スピアーズ先輩に飲料販売機の場所を聞く。
それだけではわからなかったので、案内をしてもらったら序でと言って珈琲を奢って貰った。
簡単に礼を述べると、スピアーズ先輩は腕時計を見やる。
「そろそろ定時ですし、書類は先ほどのもので終わりです。苗字も上がりなさい。場所がまだ曖昧でしょうから寮まで送ります」
「えっと・・・・・・嬉しい申し出なんですが、これから予定があるんです」
「まだ施設に慣れていないでしょう」
「そうなんですが、兄と約束をしているんです」
「まさかとは思いますが、グレル・サトクリフはまた残業ですか。全く、新人を差し置いてあのザマとは性懲りもない」
「スピアーズ先輩は兄さんの事をよく知っていらしているんですね」
ひどく幸せそうに照れ笑いする名前が、いじらしく見える。
同じ赤毛、同じ血が流れていても性格一つでまるで印象が違う。
名前に免じて可愛そうな程に仕事が出来ないあの部下のために、ウィリアムは珈琲を一つ買い足す。
「グレル・サトクリフにはキリの良い所で終わらせて帰るよう、言付けをお願いします」
「は、はい・・・・・・?」
珈琲を名前に託し、帰路につく。
一方執務をいつもの倍以上のスピードでこなすグレルは、結局貯めに貯めた報告書が仇になり残業を余儀なくされていた。
「グレル兄ぃ・・・・・・無理してない?これ、スピアーズ先輩から」
「ウィルから?」
名前はうん、と頷くとグレルが不思議そうに珈琲を口に含む。
「ナニコレ?!ブラックじゃない!」
「グレル兄ぃはお砂糖は入れる派だもんね」
「ま~・・・ウィルからの差し入れだから最後まで頑張らなきゃ!」
「そのスピアーズ先輩なら、キリの良い所で終わらせて帰れって言ってたよ」
「やあ~んウィルったら優しいんだから!じゃあこれが終わったらアタシの家に帰りましょ」
名前は鬼気迫る勢いで書類を片付ける兄の姿を見守る。
そこで初めて知った。
兄の文字が、酷く汚いという事に。
書類は無事に終わり、腕を組んで一緒に歩く。
こうするのは何年ぶりだろう。
嬉しさのあまり鼻唄を歌いながら兄の隣をひょこひょこ歩く。
兄はそんな名前の頬にキスをして、ぐりぐりと頭を撫でる。
昔話に花を咲かせ。
共に居られなかった時間を埋めるように。
夕食の合間にも過剰とも言えるスキンシップをし。
同じベッドに入っても手を繋いだまま眠りに落ちていった。
これから先ずっとグレル兄と一緒にいられますように、と願いを込めて。