天然とは恐ろしいものである
パリッとした黒いスーツを着て。
自分を引き立てる事を知り尽くしたかのような粧いをして。
名前は全身鏡の前に立ち、身だしなみを念入りにチェックする。
今日は同期のロナルド・ノックス君主催の合コン当日。
私が所属する回収科は死神教会の中でもとにかく出会いが無い。
仕事と言えば執務に魂の回収を淡々と繰り返しているだけなのだから、いくら異性が近くに居るとは言っても触れ合うことがそうそうないので仕方ない。
かといって本気で出会いを探しに行くわけではない。
お持ち帰りなんてもってのほかだ。
「どうしても頭数が足りないんだよ~!ほんっとゴメン!」
そう言われて折れただけなのだ。
向かいに座る管理課の男と他愛の無い話をしている最中、手の早いノックス君は早速口説きモードに入っている。
こういった場には中々馴染めず、ひたすら苦笑いしていると庶務課の子と会話をしているノックス君の視線がちらちら入ってくる。
その意図が掴めずに目の前の男性と、適当に仕事の愚痴に花を咲かせる。
途中で席替えタイムが入り、隣に先ほどまで向かい側に居た管理課の男性、反対側にはノックス君。
「名前ちゃんが回収科じゃなくて管理課に居てくれたらいいのに」
「そうですか?周りに可愛らしい女の子が沢山いらっしゃるじゃないですか」
適当に相槌を打ち、普段はあまり表に出さない笑顔を振りまく。
すっかりその気になってる庶務課の男性の名前は、興味がないのでさっぱり覚えていない。
あくまで穴埋め要員。
場を盛り上げる気なんて毛頭ないのだが、同期の面子を潰すのも忍びなかった。
表面上の愛想とは裏腹に、できるだけそっけなく返しているのだが、一向に管理課の男性の興味を逸らせない。
普段から会話はデスクが隣のサトクリフ先輩としてしかしていない。
気が合うから先輩との話は面白いし、いっつも長話になるし、よく一緒にショッピングにも行くほど仲がいい。
なので頻繁にペアを組まされるが苦にはならない。
それ以外の会話なんて、業務上の報告でスピアーズ先輩と話すだけで、あってないようなものだ。
どうせ恋人になるなら気が合う人のほうがいい。
例えばサトクリフ先輩のような人―――と思ったが、サトクリフ先輩の心はれっきとしたレディなので、やはり恋愛対象として見られる人はいない。
段々自棄になってきて手にしていたアルコールドリンクを一気に飲み干す。
それを何度か繰り返していたらノックス君に小突かれた。
「名前さあ、そんなにトバして大丈夫?」
「平気。それよりそっちの子放っておいたら他の男に取られるよ」
「だって誘ったの俺じゃん。これでも心配してんだか!」
俺だって一応紳士だし!
そんな風におちゃらけられるノックス君が、時々羨ましくも思える。
「いくら同期だからってもこんなノリ悪い女を誘うなんてどうにかしてるよ」
しかし離れしていない私は、この状況に心底疲れた。
華々しい装飾の店内はムードがあるから嫌いではない。
しかし知らない人と話すのは気疲れする。
「んー・・・ごめんノックス君。やっぱ帰るっていうか、仕事の続きしたいから協会に戻る」
「駄目ダメだめ!そんな状態で仕事とか無理っしょ。それにサビ残になんじゃん?」
「どうせ今頃、デスクに頭のめり込ませてる先輩が居るだろうから。あっちの方が気楽だし、私にはこういうの合わないや」
「じゃあさ、今度埋め合わせさせてくんない?二人きりで、ば、バーとかさ」
やけに歯切れの悪いノックス君をじっと見つめると、少し顔が赤い気がする。
きっと飲みすぎたんだろう。
「それならいいよ、ゆったりした雰囲気のほうが好きだし。あんま飲み過ぎないようにね」
「(うっわ俺まじダサすぎだし!)気をつけて行けよ?」
そんなやりとりを小声で交わした後、庶務課の男を差し置いてさっさと上着を鷲掴み、腕を通しながら店を出る。
その際に女の甘ったるい猫なで声で「何アレ感じワル~い」と聞こえたので、苛々しながら死神派遣協会まで全力で走る。
空を裂くような風が火照った体を冷ましてくれる感じが、やけに心地よかった。
勿論、仕事をするつもりは全く無い。時間的に切羽詰って職務を投げ出し、ヒステリックになっているであろうサトクリフ先輩に何となく愚痴を聞いてもらいたかった。
私は更衣室から出て回収科に入ると、案の定残業常連のサトクリフ先輩が書類に埋まっていた。
慌てて書類を書き分けると、徐々に見慣れた赤毛が見えてくる。
途中で面倒くさくなったので、そのまま起き上がらせると超絶不貞腐れモードに突入していた。
見慣れた光景だが、グレル先輩はとにかく書類の提出が遅くて残業は毎度のこと、というのは回収科で有名だった。
グレル先輩はこちらの顔を暫く凝視していると、はっとして腰の辺りに抱きついてきた。
「名前!アンタまだ居てくれてたのネ・・・・・・ってお酒臭いじゃない、珍しいわね」
「ちょっとノックス君のとこの合コンに穴埋めで行ったんです。やんなっちゃって抜け出してきました」
急に頬に冷たいもので包まれたと思ったら、サトクリフ先輩の手だった。
一瞬の判断力が衰える酒の力って怖い。
「アンタねえ、警戒心無さすぎヨ?そんな状態でオトコの前に居たら食べてくださいって言ってるようなもんじゃない!」
「今日は仕方なかったんですって。二度はありませんから」
「そういう所だけはキッチリ分別してるわよネ。でもそれぐらいの方が」
サトクリフ先輩が言葉を区切った事に疑問を抱いていると、視界が赤に包まれた。
これは先輩の髪の毛だ。ローズのパヒュームが鼻腔を擽り、漸くあの騒がしい場所から離れられたことを実感する。それに、とても体が温かいもので包まれているような感覚がする。
ん?おかしい、身動きが取れない。
なんだろう、と思っていると頭上から声が聞こえた。
「だから無防備だって言ってんじゃない・・・・・・アンタ馬鹿なんだから」
「馬鹿って、私より執務が遅い先輩に言われたくないです」
「はあ・・・・・・この状況解っていってんのかしら?」
言葉に引っかかりを覚えて顔を上げると、そこにはサトクリフ先輩の顔が間近に迫っていた。
肌が白くて綺麗だな、とか今日は珍しくつけ睫毛していないのに睫毛長いな、などと暢気に思っていた。
瞬間、ジャキン、と鋭い音を立てて目の前のサトクリフ先輩の髪の毛が数本切れて、床に落ちていく。
「全く貴方の残業のせいで私が上がれないというのに、不純行為を行っていたとは。死神界きってのクズですね。グレル・サトクリフ」
淡々かつはっきりとしたこの声はウィリアム・T・スピアーズ先輩のものだと、すぐにわかった。
「あらヤキモチ?名前ったらロナルドの合コンに付きあわされて散々な目にあったみたいだから慰めていたトコなんだけど」
「それは本当ですか?名前・苗字」
「大体合っていると思いますね」
慰めるも何も、対したことも言ってないし慰めされてるかといえば、よくわからないが。
スピアーズ先輩がサトクリフ先輩の頭を足蹴にし、べりっと引き剥がされる。
暖かい感触が離れていくのが少し名残惜しかった。
サトクリフ先輩のさっきの、何だったんだろう。
よくわからないけど荒みかけた気持ちが落ち着いたのも事実だった。
「ならいいのです、が・・・・・・もう少し課内でも危機感を持ってください」
「ちょっとウィル、アタシが害獣みたいに言わないでくれる?!」
「何の違いがあるというのですか?」
よしよしと頭を撫でられ、先輩ってこんなキャラだっけ?と疑問を抱く。
それに、引き剥がされてからずっと後ろから抱きしめられている。
「名前ー!やっぱ心配で俺も抜け出して・・・・・・って何すかこの状況?」
どこからともなく聞こえたノックス君の声に、ピシ、と凍りつく空間。
「ああ、丁度いい。今後彼女を合コンなどに誘わぬように。何かあってからでは困りますからね。風紀が乱れますから」
「奇遇ねウィル。それアタシも同意見だわ」
「え、俺悪党扱いっすか?!」
「ロナルド・ノックス。貴方にはもう少し仕事を増やしても良さそうですね」
「そ、そんなあ・・・・・・でも名前と一緒に居る時間が増えるかもしんないんで俺がんばりますから!」
「名前のペアは別で考えていますから」
「名案ね。でもそれって職権乱よん・・・・・ぶぐっ?!!」
サトクリフ先輩は逆鱗に触れてしまったのか、デスサイズで更に頭が床にのめり込んでいる。
(名前はアタシのもんよ)
(彼女を他の課に配属するよう人事課にかけあってみましょうかね)
(俺だって名前ともっと一緒に居たいんすけど!)