職務放棄の甘い午後


「はぁ・・・・・・この様子では、三日三晩ここですごすしかあるまい」
日々仕事に明け暮れるサガは、時間とともに増えていく書類を一瞥し、深いため息を吐く。
それもこれも仲間が何かと理由をつけて職務放棄する奴らのせいだ。
デスマスクは巡回とは名ばかりの女漁りに出向いて行った。
他は他国での任務に出払っている。
凝り固まった肩を自分で揉みながら、再び執務に明け暮れる。

山積みの書類を前にある人物の姿を思い描いていた。
アテネ市街地の菓子店に務める名前。
以前、茶受けを見繕いに行った時に知り合った気さくな少女だ。
自分で店を構えているだけあり、菓子はどれも絶品。
どうも少女の笑顔が印象に残り、暇を見繕っては茶受けを必ずそこで仕入れるようになった。

買いだめの最後の一つである陶器に手を伸ばし、中からクッキーを取り出し、口に含む。
疲れた体に染み込むように、喉をするりと通り過ぎていく。
この書類が片付いたら、あの菓子店に行こう。
そう思っていた矢先、聖域に充満する小宇宙がざわめくのを感じた。
それと共に小宇宙通信が入る。

「サガ。聞こえるか?サガ」

相手はデスマスクだった。
聊か殺意を思えるも、ここはぐっと堪える。

「ああ、聞こえている」

「今からお前に届けもんだ。ありがたく受け取れよ!」

疑問を口にする前に通信は途絶えた。
何だったのだろうと思い再び書類と向き合うと、デスマスクの小宇宙が急激に近づいていく。
もう目と鼻の先という処で、執務室の扉が乱暴に開かれ、亀裂が入る。
サガは怒りに顔面を手で覆う。

「デスマスク・・・・・・扉は丁寧に扱え。ただでさえこの数日寝不足で頭痛が・・・・・・」

「サガ様?」

耳に馴染む、愛らしい女性の声。
はっとして面を上げると、そこにはデスマスクに抱きかかえられる名前の姿があった。
眩暈がする。なぜ彼女がここに。どうしてデスマスクと密着している。などと、黒い感情が渦巻く。

「偶然お前が懇意にしてる菓子店を通りがかったんだよ。そしたらコイツがむぐっ」

「デスマスク様、それ以上は駄目ですって!」

名前は顔を真っ赤にしてデスマスクの口を片手で塞ぐ。もう片手には見覚えのある、というかサガが先ほど手にしていた陶器が、しっかりと抱えられていた。
サガは一瞬で理解した。

「へーへーそいつは悪かったな。でもサガの話をしたらせめて差し入れしたい!って言ったのはお前だぜ?」

「デスマスク様の馬鹿ー!」

名前は嫌々とデスマスクの腕から乱暴に降り、床にべしょっとなだれ込む。
サガは机から離れて名前の元へと颯爽と歩み寄る。体がふらつくが、女性の前で弱みを見せるのは野暮というもの。
可愛らしい名前の行動に、自然と頬が緩む。

「わざわざ持ってきてくれたのか?」

「訪れるたびに頬が痩せこけてしまっているから心配で・・・・・・これ、試作品のクッキーです。滋養にいい野菜のペーストに蜂蜜を練りこんだものです。ずっとお渡ししたかったのですが、どうも聞く所お忙しいようでしたので・・・・・・」

胸に熱いものがこみ上げてくる。

「ありがたく頂く。折角ここまで来たのだから、茶でも飲んでいくか?」

「・・・・・・はいっ!」

客人が来たからには、少しばかりは執務を放り出してもいいだろう。
いつの間にか居なくなっていたデスマスクに、生まれて初めて感謝の念を抱いた。