振り上げられた腕の先には無骨なブッチャーナイフ。
いわゆるゴロツキに囲まれている娘は、必死に腕を振るった。
やらなければ殺される。
薄く閉じた眼の隙間から、こびり付いた血脂で白く曇った刃と、赤錆色の指が垣間見えた。
同時に生温かい飛沫を右半身に浴びる。
崩れ落ちたゴロツキを見て、名前は浅く息を吸い込む。
全身が凍えるように寒く、力が入らない。
「女一人に負けるたぁ、情けねー男共だな。にしてもお前運がいいな。俺様は聖域から派遣されたデスマスクだ」
暗闇に吸い込まれるような漆黒の瞳がデスマスクに向けられる。
「ったく、街の巡回で異質な小宇宙を感じたと思ったら一人で片付けるなんてな」
黄金のヒールが、上品な音を立てて一歩、また一歩と近づいてくる。
ブッチャーナイフを放り投げると、金属がカラン、と虚しく落ちる音と共に、血が地面に散らばった。
デスマスクは細く柔らかい肌に自身の手を宛がう。
どくん、どくん、と血が駆け巡る感覚を感じる。
ほんの僅かに触れた肌は背筋が凍りつくほど冷たく、デスマスクは思わず体を撓られた。
「お前、宛はあるのか?」
デスマスクは娘の後方に、抱きしめ合うように横たわった血まみれの老夫婦を一瞥する。
「両親は殺されてしまいました」
模範内の返答に、それきり重々しい空気が漂う。
「なら俺んとこに来い。気に入った」
「私は人を殺しました」
「正当防衛なんだろ。それに聖域で不便はさせねえ」
そう言って、デスマスクは娘を抱きしめる。
腕の中に異質な小宇宙を感じる。考えずとも、この娘から発せられているのは明白だった。
「湿っぽいのは嫌いなんだよ。笑え」
「笑えません」
「なら俺様が笑わせてやる。お前の名は?」
「名前」
名乗った娘は瞳に雫を蓄えていた。
「そうか。名前、今日からお前は俺の女だ。腕っぷしも悪くない。その腕を鈍らせるか、生かすはお前次第だ」
困惑したままの名前に、デスマスクはにやりと笑う。
名前の顎に手を添え、そっと唇を重ねる。
ほんのりと鉄錆の味がする。嫌がられることが無かったので、角度を変えて何度も柔らかい唇に触れる。
腕の中の温もりがもぞもぞと動く。背中に手をまわされた事が感覚でわかり、深く口内を犯していく。
「んっ・・・んぅ」
「今日のことは全て悪い夢だ。俺様が忘れさせてやる」
頬を紅潮させる娘の様子に、、自身に熱を感じ始めたデスマスク。
そのまま抱きかかえ、巨蟹宮へと高速で駆け抜ける。
自宮の寝室へと赴くと、荒々しく娘をベッドに押し付ける。
再び唇を重ね、合間に血なまぐさい衣服を丁寧に剥いでいく。
娘は嫌がるそぶりを一切見せない代わりに、頬に一滴の涙を流していた。
デスマスクはそっと目元に唇を落とす。
翌朝。
早くに目が覚めたデスマスクは、昏々と眠り耽る名前の一糸まとわぬ姿をじっと見つめる。
所々に血痕が付着している。キッチンに向かい、桶に温かい湯を貯め、小さなタオルで丁寧にそれらを拭う。
少しでも昨日の出来事が夢に思えるよう願いを込めながら。
粗方吹き切った処で、自嘲気味に笑う。
「まさかこの俺が一目ぼれするたあな」
あどけない名前の寝顔を見ながら、未だ目覚めぬ名前にそっと唇を寄せる。