S.I.S 10 僅かな違和感
リドルとのチェスの結果、レストレンジに望みを伝えた。
勿論ペットのラピダの行方についてだ。手分けして探す事になったのだが、依然として進展はない。
「ラピダ、おーいラピダ」
諦めるべきなのかもしれないと思い始めたが、大事なパートナーが突然居なくなるのは受け入れがたかった。
見張り小屋の近くの森に入り、草をかき分けて注意深く視察する。
どこからか声が聞こえる。辺りを見渡すと人影がぼやけて見える。
「ナラバオ前ニ―――セ――――――」
「ソウ―――クト―――」
番人かと思い踵を返そうとしたが、よく目を凝らすとトム・リドルだった。
何かと会話しているようで、ぽつりと声が聞こえる。彼の表情からは人の温かみを一切感じず、無機質なものに見える。
名前は咄嗟に足を止め、口元を手で覆う。
―――普通なら声が聞こえるはずがない。
彼と自分の距離はそれだけ遠い。
驚きを隠せぬまま立ちつくしていると、リドルは体の向きを変えてホグワーツがある方へと歩き始める。行く先に立ちつくしていた名前に気が付き、歩調を速める。
「名前じゃないか。暫くぶりだね。浮かない顔をしているけど、どうかしたの?」
「そんなに変な顔してた?」
「あはは! そういう意味じゃあないよ。もしかして例の悩み事かい? 僕でよかったら話くらいは聞くよ」
名前は切なげに瞼を伏せるが、人前であると思いだして、すぐに笑顔を取り繕う。いつもと様子が違うためか、リドル遠慮がちに歩を緩めつつも、確実に距離を縮めている。
柔らかな風が頬を撫で、季節外れのウィンター・ダフネがふわりと鼻孔を掠める。
名前は長くなってきた襟足を手で押さえ、ホグワーツ城を一望する。
見張り小屋は、その名の通り見通しが良く、広い学校を眺めるには最適だ。しかし、ペットの事を想うと嫌な妄想が掻き立てられ、心穏やかではない。
「今日はよく晴れているね。少し散歩に付き合ってくれないか?」
心の隅に得体の知れぬ違和感が浮かび上がる。形容しがたい感覚を抱きつつも無言で頷く。
「レストレンジは今頃クウィディッチの練習中だろうね。シーカーに大抜擢されたそうだから、今年は期待できそうだ」
「リドルは出ないの? 誘われてるって聞いたよ」
「僕に大役が務まるかどうか」
リドルは大げさに肩を竦める。
暫し答えあぐねていると、足元に一匹の蛇が観察するように這っている事に気がつく。長細い舌を出し入れし、愉快そうに唸る。
「コノ女――――――カ」
名前は不安げに足元を見遣ると、蛇は草むらに紛れていった。
「今のは・・・・・・?」
リドルは目を丸くして、何を言っているの、と言わんばかりに首を傾げる。
「誰かが喋ってたと思ったんだけど・・・・・・幻聴かも」
「もしかして、君には今の言葉が聞こえた?」
「途切れ途切れには・・・・・・」
「他の人には言わない方がいい。とても珍しい事なんだ」
「わかった。誰にも言わない」
「じゃあ僕と二人だけの秘密だ」
リドルは唇に人さし指を押し当て、無邪気に笑う。
「君のペットは蛇だったりする?」
なだらかな風が吹き、名前は目を細めて彼を見つめる。
「そうだよ。でも、どうして?」
リドルは顎に手を添え、考え込む。
「さっきの秘密の続き。来週の夕方に、ホグワーツの東にある≪小さな丘のテラス≫―――君さえ良ければ来てほしい」
名前は首を傾げる。
実しやかに囁かれるスポットが点在しているのだが、ホグワーツの敷地は尋常でなく広い。
記憶を手繰り寄せるが場所には覚えがなかった。「場所が解らない」と言うと、リドルは得意げに地図を用意すると言い放つ。
度重なる偶然に違和感を覚え、彼を横眼で見遣る。いつでも胸を張っていて自信に満ちた姿は完璧で、零れかけた言葉を飲みこむ。